福岡地方裁判所柳川支部 昭和59年(ワ)28号 判決 1986年1月30日
原告
田中正信
被告
萩原良一
ほか一名
主文
被告らは原告に対し、各自金六四一万〇一六四円及びこれに対する昭和五六年六月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金一八一七万円及びこれに対する昭和五六年六月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
被告萩原美佐子(以下被告美佐子という)は、昭和五六年六月一五日午後零時五五分ころ、普通乗用自動車(福岡五八さ八一八九)を運転し、福岡県太宰府市国分四二五番地先道路を進行中、折りから右同所同番地先交差点で信号待ちのため停車していた原告の妻田中浅香運転の普通貨物自動車(久留米四四さ七六三三)に追突し、右貨物自動車の助手席に同乗していた原告に対し、頸部捻挫、右手挫傷、左下腿打撲傷、右足打撲傷、右足第一踵骨骨折、両外傷性神経難聴等の傷害を負わせた。
2 責任
(一) 被告美佐子は、本件事故について、前方注視義務を怠つた過失があり、民法七〇九条による責任がある。
(二) 被告萩原良一(以下被告良一という)は、被告美佐子運転の普通乗用自動車を所有し、同被告が右自動車を運転することを承認していたものであるから、運行供用者として、自賠法三条による責任がある。
3 損害
(一) 逸失利益
原告は、本件事故当時塗装業を営んでおり、年に約二五〇万円(月収二〇万円)の収入を得ていたが、本件事故によりいわゆるむち打ち症の後遺症が残り、腕を肩より上にあげることが不可能な状態になつた。そのため、原告は、将来にわたつて塗装業を営むことができなくなつてしまつた。原告は、その他にも難聴の後遺症が残つたので、原告の職業、年齢、後遺症の部位、程度、事故前後の稼働状況を総合的に考慮し、労働能力喪失率を五〇パーセントとして、中間利息を控除し現価を計算すれば、本件事故による逸失利益は金一四六一万円となる。
(二) 休業損害
原告は、本件事故により約一〇〇日間入院を余儀なくされ、そのためその間に月収二〇万円として合計金六七万円の休業損害を受けた。
(三) 慰藉料
(1) 後遺症慰藉料
原告は、前記のとおり、むちうち症の後遺症のため将来にわたつて塗装業をあきらめざるを得なくなり、また難聴の後遺症も残るなどその精神的苦痛は極めて大きいので、後遺症慰藉料として金一五〇万円が相当である。
なお、自賠責保険から慰藉料として金七五万円の支払を受けたので、被告らには残り金七五万円の支払義務がある。
(2) 入通院慰藉料
原告は、本件事故により、入院一〇〇日、通院三か月を余儀なくされたので、その入通院慰藉料として、金一四〇万円が相当である。
よつて、被告らは、慰藉料として合計金二一五万円を支払うべきである。
(四) 治療費等
原告は、本件事故による後遺症である難聴の治療費(薬代以外の治療費)等として合計金六五万円の治療費その他マツサージ料などの支払を余儀なくされ、右同額の損害を蒙つた。
(五) 自動車修理代
原告は、本件事故による原告所有の前記貨物自動車の破損部分の修理代として、金九万円を支払つた。
よつて、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害金合計一八一七万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五六年六月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、傷害の部位程度は知らないが、その余の事実は全部認める。
2 請求原因2の事実は認める。
3 請求原因3のうち、(三)の(1)と(五)は認めるが、その余の事実は争う。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生について
被告美佐子が、昭和五六年六月一五日午後零時五五分ころ、普通乗用自動車(福岡五八さ八一八九)を運転し、福岡県太宰府市国分四二五番地先道路を進行中、折りから右同所同番地先交差点で信号待ちのため停車していた原告の妻田中浅香運転の普通貨物自動車(久留米四四さ七六三三)に追突し、右貨物自動車の助手席に同乗していた原告に対して傷害を負わせたことは、当事者間に争いがない。
原告本人尋問の結果によつて真正に作成されたものと認められる甲第一、二号証によれば、原告が本件事故によつて蒙つた傷害は、頸部捻挫、右手挫傷、左下腿打撲傷、右足打撲傷、右足第一踵骨骨折、両外傷性神経性難聴であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
二 責任について
被告美佐子は、前方注視義務を怠つた過失があり、民法七〇九条により、被告良一は、被告美佐子運転の普通乗用自動車を所有し、同被告がこれを運転することを承認していたので運行供用者として自賠法三条により、原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任があることは、当事者間に争いがない。
三 損害について
そこで、以下損害について検討する。
1 逸失利益について
原告本人尋問の結果及びこれによつて真正に作成されたものと認められる甲第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、従業員三名と共に現場に出て仕事をする形での塗装業を営んでいたこと、原告にはその当時、従業員の給料を支払い、経費を差引いて、月平均二〇万円の手取りの収入があつたこと、原告は、本件事故により前認定の傷害を受けたが、昭和五六年一二月一五日に症状固定し、その後遺症として、右肩関節が、前挙九五度、側挙(外転)七〇度、内転三〇度、後挙四〇度、外旋マイナス一五度、内旋一〇〇度に運動機能が制限される状態、いわゆる右腕が肩より上に挙がらない状態のまま容易に軽快しないで今日まで推移していること、そのため、原告は、従前のような形態での塗装業を営むことはできなくなり、従業員も全部辞めてしまつたこと、原告は、前記後遺症のため特に高い場所での塗装の作業が極めて困難となつたことから、昭和五九年一〇月から他に雇われて低い場所の塗装の仕事を手伝うなどしているが、現在では収入が月平均一〇万円程度に下がつたこと、原告には、その他に難聴の後遺症(昭和五七年二月一五日の時点で左耳に四五dlの、右耳に二〇dlのそれぞれ聴力低下が認められた)が残つていること、原告は、昭和七年七月二八日生れの男性で一家の支柱であり、本件事故当時は四九歳であつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、原告は、本件事故により、右肩関節の機能に障害を残す後遺症(後遺障害別等級表第一二級相当)と、両耳の聴力機能が低下する後遺症とが残存しているが、右後遺症による労働能力の喪失率は、前認定の原告の職業、後遺障害の部位程度、本件事故前後の原告の稼働状況等に照らして考えるならば、これを一五パーセントとするのが相当であり、また原告は、本件事故当時四九歳であつたから、前認定の後遺障害の部位程度等を斟酌するならば、前記機能障害の継続期間はこれを一〇年とするのが相当である。
そこで、以上を前提とし、原告の本件事故当時の年収が合計二四〇万であつたものと認められるからこれを基礎として、ホフマン式により中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の現在の価格を計算すると、これが金二八六万〇一六四円となることが認められる。
(数式) 2,400,000×0.15×7.9449=2,860,164
2 休業損害について
原告本人尋問の結果及びこれによつて真正に作成されたものと認められる甲第三、第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による受傷のため、後記のとおり、昭和五六年六月一六日から五一日間の入院治療と同年一二月までの間に二つの病院に実日数九五日の通院治療を受けたことが認められ、右事実によれば、原告は、本件事故により一〇〇日間の休業を余儀なくされ、そのためその間に月収二〇万円の割合による一〇〇日分の収入を失つたことが推認されるから、原告は合計金六六万円の休業損害を蒙つたものと認められる。
3 慰藉料について
(一) 後遺症慰藉料
原告が、本件事故による後遺障害により精神的苦痛を受け、その慰藉料として金一五〇万円が相当であること、原告は自賠責保険から右慰藉料として金七五万円の支払を受けたこと、従つて被告らには残り金七五万円の支払義務があることは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 入通院慰藉料
前顕甲第三、第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による受傷のため、福岡県大川市内の石橋外科医院において、昭和五六年六月一六日から同年八月五日までの五一日間入院治療を受けたあと、同年同月六日から同年一一月一〇日までの間通院治療(内治療実日数五五日)を継続し、その傍ら本件事故で受けた両耳の機能障害のため、同市内の松田耳鼻咽喉科医院で同年六月から同年一二月までの間に通院治療(内治療実日数八〇日)を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右に認定した入通院の事実と本件事故による傷害の部位程度及び後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮すると、入通院慰藉料としては金一四〇万円と認めるのが相当である。
4 治療費等について
前顕甲第三、第四号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、石橋外科医院から入通院治療費として合計金一七二万九四九〇円を請求され、うち金一二〇万円は自賠責保険から支払われたものの、残りの金五二万九四九〇円は原告が負担して支払つたこと、また原告は、松田耳鼻咽喉科医院から昭和五六年九月ないし一二月の治療実日数四〇日の治療代金一万四五三〇円と薬代二一四〇円の請求を受け、治療代の方は国民健康保険の方から支払われ、薬代の方は原告が支払つたこと、原告本人尋問の結果及びこれによつて真正に作成されたものと認められる甲第五号証によれば、原告は前記両医院の治療を受けたあとも、右肩の後遺障害に悩まされたところから、福岡県山門郡三橋町の松藤整骨院において、昭和五八年三月七日から同年一一月五日までの間に八六日のマツサージの治療を受け、その費用として金一九万二九七〇円の請求を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、原告は、治療費等として自己負担した金五二万九四九〇円と金二一四〇円の損害を蒙つたほかに、マツサージ代のうち、金一一万八三七〇円が本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、被告らは原告に対し、治療費等として合計金六五万円を支払うべき義務がある。
5 自動車修理代について
原告が、その所有の前記貨物自動車の本件事故による破損部分の修理代として、金九万円を支払つたことは当事者間に争いがない。
四 結論
以上説示のとおり、原告の本訴請求は、被告らに対し、本件事故(不法行為)に基づく損害賠償として、前記三の1ないし5の合計金六四一万〇一六四円及びこれに対する不法行為の日のあとである昭和五六年六月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山口毅彦)